「正しい動機」がなければ物事を知ることはできないのか?
わたしは日頃、事件や裁判を取材し、それをいろんな媒体に書く仕事をしています。たまにはインタビューを受ける機会もあるのですが、ひとつだけ、以前からうんざりしていることがあります。
「なぜ傍聴に行こうと思ったんですか?」
何度質問されたか分かりません。
取材を受けると、必ず「傍聴の動機」を聞かれるのです。
「なぜこの事件を取材しようと思ったんですか?」
これも定番です。
だから、こちらも定番のように思ってしまいます。
もしも、私が続けているのがランニングだったら、そんなにいつも「なぜ」と聞かれるだろうか? 絵画が趣味だったら、毎回のように「なぜ」と聞かれるだろうかと。
うすうす分かってきたことがあります。どうやら、なんか良くないとか、後ろ暗いとか、そういうイメージのある事象に対して興味や関心を持つ場合、一般的には「理由」が必要になるようです。
それも、私の方に理由が必要なのではありません。私と相対する、その人にとって、必要みたいです。もっと言えば、その質問が飛び出した場がインタビューであれば、その記事を読む人にとっても、です。
繰り返し聞かれることで、さすがに分かってきたのでした。「なぜ?」と問われたときに「単純に興味があったから」などと言ってしまえば「不謹慎な人間」の烙印を押されてしまいかねない……そんな回答は不合格。ここは「問題意識を感じて」とか「真実を解明したい」とかいった、座りのいい、なにか正義の立場に立ったかのようなことを言わなければならない場面なのです。
とはいえ、そんなことばかり聞かれることには正直、疲れてしまいました。いや、相手を納得させるための「動機」を言わなければならないという空気に疲れたというほうが正しいです。批判されないための、いい人ポジションに立ったような言葉選びばかりしていると、自分の本心がどこにあるのか、自分でも分からなくなる。
そんなとき、気分を変えようと、発売を心待ちにしていた事件ノンフィクションを読んだりします。すると、そこにもあるのです。座りのいい「動機」が。
まず著者がその対象や事件に対して関心を覚えた理由が、冒頭に書かれており、それが書籍全体を覆う「テーマ」へと繋がってゆくような、そんな定型です。むしろ「テーマ」を先に決めて、取材を始めた動機や理由をそれにふさわしいものに加工している場合もあるのではないかと想像してしまいます。そのスタイルを否定しているわけではありませんが、さすがにひとりの読者としてはうんざりしてきました。
事件ノンフィクションは一体誰のために「動機」を説明し、「テーマ」を定めているのだろう?
この数年、ずっと考えてきました。
そこでまた、だんだんと分かってきたのは、これは読む人のためなのだということです。私がいつも、聞き手の納得いく「動機」を求められるのと同じように、なんか良くないこととか、後ろ暗いイメージがある事柄について知るときには、一般的に納得できる形の「動機」が必要な人がいるようです。
現代社会における問題点を追及したい。
犯人の「心の闇」を暴きたい。
マスコミが報じない真実を公にしたい。
などなど、なんとなく座りのいい「動機」があることで、書く方としては正義の立場に立つことができます。その立場からの「真実」が綴られていることから、読者も、安心してその本を手に取ることができますし、きっと「学び」や「気づき」がもたらされることでしょう。
でもいつも、読んでいて思うのです。
その「動機」こそ、実は建前、つまりフィクションなのではないか?
何かを知りたいと思うときに、それを正当化できる動機がなければならないという決まりはありません。意義がある行為だと他人が評価することでなければ、やってはならないという決まりもありません。
あらゆる事柄において、何か勿体つけた理由がなければならないような空気が蔓延しているように感じて、それをとても窮屈に思うと同時に、ちょっと抗ってみたくなりました。
……くどくど語ってしまいましたが、ここからは宣伝です。
久しぶりに書籍を書きました。
『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』小学館新書 6月1日発売
かつて日本を騒がせた何人かの「逃走犯」について取材をした記録です。今回、原稿をまとめるにあたり、「建前」めいた「動機」や「正義感」は付け加えませんでした。ただ「興味があるから」という思いで取材をすすめてきました。
塀のない刑務所から逃走して、島の空き家に潜伏。ついには尾道水道を泳いで渡り、広島で捕まった「松山刑務所逃走犯」。
警察署の面会室アクリル板を蹴破り外に出たうえ「自転車日本一周」の旅人になりきり、山口県で万引き犯として確保された「富田林署逃走犯」。
なぜ彼らは逃走したのか。逃げている間、何を食べ、誰と、どんな話をしたのか。
逃走犯本人、そして逃げて潜伏していた街の人々など、たくさんの方々に話を聞いて、まとめました。
本書はスローニュース株式会社が立ち上げたノンフィクションのサブスクリプションサービス『SlowNews』での連載を元にしています。同社からサポートを得たことにより、多方面への取材が可能となりました。
連載終了後にさらに取材を行い、大幅に加筆しております。『SlowNews』連載をお読みいただいた方にも、新鮮な気持ちで読んでもらえるのではないかと思っております。いっぽう『SlowNews』連載には掲載したけれど、本書に収録していない逃走犯もいたりします。どちらにもそれぞれ、読みどころがあるように工夫しました。
さて書籍の序章には、作家・道尾秀介さんとの対談を収録しております。フィクションとノンフィクションにおいて、事件を取り扱うときにどんな違いがあるのかなど、さまざまにお話を聞かせていただきました。
陽気な帯のイラストは『夏目アラタの結婚』などの作品でお馴染み、乃木坂太郎さんによるものです。
読む人に気づきや学びを与えたいと思って書いたわけではありません。この本を手に取るときに、理由も必要ありません。自分が見聞きしたことを、自分と同じように、知りたいと思っている人たちに届けることができれば幸いです。6月1日から本屋さんに並びます。
版元・小学館の紹介ページ
購入できるサイトの一部
高橋ユキ
向島
・ここだけの傍聴記録、受刑者の手記
・紙媒体に過去掲載された取材記事
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