いにしえの傍聴記録:さいたま地裁 首都圏連続不審死事件03 弁護側冒頭陳述 | 高橋ユキの事件簿 #74
こんにちは〜。きょうは、いにしえの傍聴記録だけ配信します。
2012年にさいたま地裁で傍聴した、木嶋佳苗の一審公判。同年刊行『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)ほかの執筆のためにまとめた公判データになります。
本日配信分は初公判の続き。弁護側が行った事件全体の冒頭陳述です。
いにしえの傍聴記録
2012年傍聴 さいたま地裁 首都圏連続不審死事件公判 03
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【2012年1月12日 初公判】
被告人名:木嶋佳苗
罪名:詐欺、詐欺未遂、窃盗、殺人
被告人の様子:青のカーディガン、ベージュのスカート(チノパンのような生地)。
交際していた男性を練炭自殺に見せかけて次々に殺害したという3件の殺人罪、婚活サイトで出会った男性から金銭をだまし取った、またはその未遂として6件の詐欺・詐欺未遂罪、詐欺被害者の男性の財布から5万円を抜き取ったという1件の窃盗罪で起訴されている。初公判は傍聴整理券交付締め切りが7時15分にも関わらず、49席の一般傍聴席を求め、663名の傍聴希望者が並んだ。
初公判では午前中に罪状認否と、全ての事件についての冒頭陳述が行われ、裁判所から争点が発表された。午後からは、大出さん事件の証拠調べとなる。今後、順に大出さん殺害事件、寺田さん殺害事件、安藤さん殺害事件の証拠調べが行われる。
【弁護側 第一次冒頭陳述】
(立ち上がり、裁判員のほうを向いて)
弁護人はこの裁判で2つのことを明らかにします。ひとつは木嶋さんが本気で結婚を考えていた事。もうひとつは、木嶋さんは3人の男性を殺していない事です。
まず、結婚相手を探し始めるまで。その後男性と交際した状況について。
木嶋さんは昭和49年北海道生まれの37才です。妹が2人と弟が1人の4人きょうだいです。高校を卒業した木嶋さんは平成5年に上京。行政書士の父親の援助を受け、色々な仕事をします。ピアノを教えた事もあるし、シーズー犬のサークルを作り、子犬を紹介したり、繁殖の仲介をしていたこともあります。
高校時代のボランティアの経験を活かし、資格の必要ない範囲で、介護の仕事をしていたこともあります。
平成14年、27才から、千葉でリサイクル業者の福山さんのもとで働くようになります。福山さんの副業である株取引の手伝いや掃除、買い物、雑用等も行っていました。木嶋さんは福山さんに気に入られ、息子の嫁になって欲しいと言われるほか、給料だけでなく、生活費も出してくれるようになりました。この頃木嶋さんは円形脱毛症や顔面麻痺で通院していました。自由医療で高い費用を福山さんは出してくれていました。その後も支援は続き、木嶋さんは福山さんに甘えるうち、カードで値段を気にせず色々なものを買うようになり、エステやタクシーも……
平成17年、30才の頃、病院から睡眠薬を処方してもらいます。この頃木嶋さんは不眠で良く眠れず、眠れないときに処方してもらって飲む生活をしていました。平成19年、当時70才の福山さんは体調を崩して亡くなってしまいます。木嶋さんは経済的に支援してくれる人を失いました。
平成20年、当時33才。将来を考えて結婚相手を見つけようと、マッチドットコムに登録します。当時、木嶋さんはSYさんと交際していました。2人の間でその話が出た事はありますが、SYさんと2人で家庭を持つつもりはありませんでした。木嶋さんはSYさんに本名も教えておらず、「吉川桜」という、ネット上で使っていたペンネームを使っていました。
33才の5月にマッチドットコムに登録した木嶋さんは名前や写真、プロフィールも載せて、有料会員となり、男性と連絡取り合える状態になりました。このとき実名で登録しています。
平成20年、3人の男性と交際がスタートします。6月から交際が始まった寺田さん、美術館巡りという趣味が共通しており、50才を過ぎてましたが包容力があると感じていました。
8月からはMさん、Kさんとも交際を始めます。Mさんは北海道出身。家族構成も似ていました。お金に堅実で倹約家であり、温厚で安心できる男性だと思っていました。
寺田さん事件
木嶋さんは当時交際をする中で条件がありました。それは金銭的に自分の事を助けてくれる人であることです。木嶋さんは長い間、福山さんから助けてもらっていました。なので、男性が生活を助けてくれるのは当然だと思っていました。木嶋さんは以前の感覚が改められず、支払いに困っており、男性に助けを求めましたがカードの支払いに困っているとは言いづらく、大学院生だとウソをつきました。
平成21年1月頃には寺田さんが最有力候補になっていました。木嶋さんが実は院生ではないのです、と言っても怒らずにたくさんの金銭も出してくれました。木嶋さんと寺田さんとの間で、結婚に向けた話が進みつつありました。
しかし平成21年1月30日、寺田さんのマンションに行った際、別れ話になります。木嶋さんが、寺田さんの50を過ぎている年齢、セックスがうまくいかなかったことへの不満をぶつけたからです。その夜木嶋さんは寺田さん宅を立ち去りましたが、練炭コンロや練炭を持ち込んだり、火をつけたりはしていません。
2月4日、警察からの電話で寺田さんが亡くなった事を知ります。事情を聞かれて交際していたことや30日に別れ話になった事を伝えました。